世界中の医療現場で、患者さんの容態把握のために欠かせないパルスオキシメータ。最近では、新型コロナウイルス感染症の重症化の目安となる血液中の酸素飽和度を測定できることから、注目を浴びています。
今から50年近く前に、このパルスオキシメータの原理を発明したのは、当社の技術者、青柳 卓雄氏です。
青柳氏の半生とパルスオキシメータの歴史をご紹介します。
パルスオキシメータは、動脈血中の酸素飽和度(ヘモグロビンがどの程度酸素と結びついているか)を、採血なしで連続的に測定する装置です。
ヘモグロビンは酸素と結びつくと鮮やかな赤色、結びついていないと暗い赤色になります。色によって光の吸収しやすさが異なることを利用して、動脈血酸素飽和度を算出します。指にセンサ(プローブ)を装着し、波長の異なる2種類の光を当て、吸収されずに指を通り抜けた光を測定して分析します。
血液中に十分な酸素がないと命に関わります。採血による測定では、刻々と変化する患者さんの容態を常にリアルタイムに正確に知ることはできませんが、パルスオキシメータを使えば、体に酸素がどの程度足りているか、患者さんを傷つけることなく、かつリアルタイムに把握することができるのです。
青柳氏は新潟大学工学部を卒業後、島津製作所(京都)を経て1971年、当社に入社しました。開発部で具体的な研究テーマの探索を始めた当時の青柳氏の信念のひとつは、「患者モニタリングの究極の姿は治療の自動化であり、その理想に近づくためには、無侵襲連続測定の開発が重要である」ということでした。
1972年、心臓から送り出される動脈血を測定する機器の改良をする中で、心臓の拍動(パルス)を利用することで動脈血の酸素飽和度を測定できることを発見しました。
青柳氏はこの発見について、後に「こんなうまい話がこんな手近なところにあるとは信じ難いことだった」と語っています。
試作機で研究を重ねた青柳氏は、この原理を1974年に学会で発表しました。「おもしろい研究だと思う」という意見もありましたが、否定的な意見もあり、この発表は注目されませんでした。
翌1975年、当社はこの原理を用いた製品「イヤオキシメータ OLV-5100」を発売しました。着想としてはまさに世界に誇るべき独創的かつ優れたものでしたが、光源は豆電球でセンサの感度も悪いなど、性能や使い勝手の面でまだ改良の余地が多く、需要が伸びないまま、諸事情により開発は中断しました。
当社がパルスオキシメータの開発を中断した以降の10年間に、世界では大きな動きがありました。米国で手術の麻酔中の患者さんが酸素不足などで命を落とす医療事故に対する訴訟が増加し、パルスオキシメータの有用性が注目されるようになったのです。多くの企業から、LED、光ダイオード、マイクロコンピュータなどの新しい技術を取り入れた小型の装置が競って発売されるようになり、パルスオキシメータは急速に普及しました。この動きは1980年代後半に国内にも広がり、当社もOLV-5100のノウハウを活かしてパルスオキシメータの研究開発を再開し、1988年4月、新製品(パルスオキシメータ OLV-1100/OLV-1200)を再び発売しました。
この製品の開発当時、自社で生産するかどうかの議論がありましたが、青柳氏は「今は単体装置が主流だが、将来は生体情報モニタリング機器に組み込むために不可欠になる。その時の製品展開で制約が出ないように、自社製品すべきだ」と主張しました。
青柳氏の予想通り、現在のほとんどの生体情報モニタリング機器では動脈血酸素飽和度(SpO_{2})が標準のパラメータとなっています。
青柳氏はパルスオキシメータの原理を英語で発表していませんでしたが、青柳氏の存在を知った呼吸生理学の世界的権威セベリングハウス博士(米国)が1987年に来日し青柳氏と面会、その後論文で紹介したことで、青柳氏はパルスオキシメータの発明者として世界的に知られるようになりました。
パルスオキシメータの先駆的な発明により、医療の質向上に多大な貢献をした業績が認められ、2002年に紫綬褒章を受章、2015年には米国電気電子学会(IEEE)が医療分野の技術革新に送る賞「IEEE Medal for Innovations in Healthcare Technology」を日本人として初めて受賞しました。
また、新型コロナウイルス感染症患者の病態把握において世界中でパルスオキシメータの有用性が再認識されたことから、「パルスオキシメータの開発と実用化」により、第4回日本医療研究開発大賞/内閣総理大臣賞を2020年に受賞しました。
パルスオキシメータが世界中に普及してからも、青柳氏は「医療の役に立つ機械を作りたい」という信念のもと、パルスオキシメータの性能改善とその原理を他の医療測定に応用するという二つの目的のため、晩年まで理論の研究を続けていました。研究一筋にみえて実は気さくな人柄だった青柳氏は、「理論に基づいたパルスオキシメータでないとだめだ」と語り、若手技術者の指導にも力を入れていました。
新型コロナウイルス感染症の拡大でパルスオキシメータの重要性が再認識されているさなかの2020年4月、青柳氏は老衰のため84歳で亡くなりました。
世界で初めてパルスオキシメータの原理を発明してから半世紀、今やその技術は世界中の医療現場に普及し、全身麻酔手術の安全性を飛躍的に高め、世界中の多くの患者さんの命を救っています。まさに、パルスオキシメータの発明は、世界の歴史に残る偉業となったと言えるでしょう。
1958年3月 |
新潟大学工学部 電気工学科卒 |
1993年7月 |
東京大学 医用電子研究科施設 博士(工学)取得 |
1958年4月 |
株式会社島津製作所入社 |
1971年2月 |
日本光電工業株式会社入社 |
1975年9月 |
当社 第一生産事業部第一技術部次長 |
1979年8月 |
当社 開発室室長代理 |
1983年8月 |
当社 生体計測部担当副部長 |
1990年4月 |
当社 開発部担当部長 |
1991年4月 |
当社 R&Dセンタ青柳研究室長 |
2007年4月 |
当社 生体情報技術センタバイタルセンサ部青柳研究室長 |
2020年4月 |
当社 技術開発本部バイタルセンサ技術開発部青柳研究室長 |
1995年6月 |
医科機械学会「功績賞」(パルスオキシメータの開発) |
1997年3月 |
臨床モニター学会「奥秋記念賞」(パルスフォトメトリの理論と性能改善の研究) |
1999年4月 |
日本エム・イー学会(現 (公社)日本生体医工学会)「新技術開発賞」(DDGアナライザーの開発と製品化) |
1999年10月 |
発明協会東京支部「特許庁長官奨励賞」 |
2000年4月 |
科学技術庁「科学技術庁長官賞(科学技術功労者)」 |
2002年4月 |
日本麻酔科学会「社会賞」 |
2002年4月 |
日本国「紫綬褒章」 |
2013年1月 |
米国麻酔技術会議「Gravenstein Lifetime Achivement Award」 |
2015年6月 |
米国電気電子工学会「IEEE Medal For Innovations in Healthcare Technology」 |
2021年10月 |
米国麻酔科学会「Honorary Member Award」 |
1974年 |
「イヤピース・オキシメータの改良」 日本エムー・イー学会 |
1990年 |
「パルスオキシメータの誕生とその理論」 日本臨床麻酔学会誌 |
1990年 |
「Pulse Oximetry and Its Simulation.」 IEEE Tokyo Section Denshi Tokyo |
1992年 |
「血液減光の理論的実験的検討」 医用電子と生体工学 |
2002年 |
「Pulse oximetry: its invention, contribution to medicine, and future tasks.」 Anesth Analg |
2002年 |
「The theory and applications of pulse spectrophotometry.」 Anesth Analg |
2003年 |
「Pulse oximetry: its invention, theory, and future. 」 J Anesth. |
2007年 |
「パルスオキシメトリの誕生から未来へ」 医療機器学 |
2007年 |
「Multiwavelength pulse oximetry: theory for the future.」 Anesth Analg |
2012年 |
「パルスオキシメトリの理論的実験的検討」 生体医工学 |
発明者 |
発明・考案の名称 |
登録番号 |
出願年月日 |
青柳 卓雄、岸 道男 |
光学式血液測定装置 |
特許第947714号 (特公昭53-26437号) |
昭和49年3月29日 |
青柳 卓雄、小林 信賢、 佐々木 正 |
血中吸光物の濃度測定装置 (対応・米国特許登録) |
特許第1617923号 (特公平2-44534号) |
昭和61年10月29日 |
青柳 卓雄、宮坂 勝之 |
生体シミュレーション用キュベット |
特許第1887824号 (特公平6-7827号) |
平成1年5月31日 |
青柳 卓雄、宮坂 勝之 |
非観血式血中成分濃度測定装置 (対応・米国特許登録) |
特許第1874946号 (特公平5-88609号) |
平成1年10月24日 |
青柳 卓雄、布施 政好、 進藤 義明、加藤 正行 |
パルスオキシメータ用校正試験装置 (対応・米国特許登録) |
特許第1910985号 (特公平6-14922号) |
平成3年2月15日 |
青柳 卓雄 |
非観血式オキシメータ (対応・米国特許登録) |
特許第2608828号 (特公平5-21206号) |
平成4年2月6日 |
青柳 卓雄 |
色素希釈曲線測定装置 (対応・米国特許登録) |
特許第2613832号 (特公6-30916号) |
平成4年3月19日 |
青柳 卓雄 |
組織内ヘモグロビン量測定装置 (対応・米国特許登録) |
特許第2608830号 (特公平6-30915号) |
平成4年3月19日 |
青柳 卓雄、謝 承泰 |
組織透過光測定用プローブ |
特許第3125080号 |
平成5年12月22日 |
青柳 卓雄、布施 政好、 ⼩林 直樹、鵜川 貞⼆ |
パルスオキシメータ (対応・米国特許登録) |
特許第4399847号 |
平成16年8月27日 |
青柳 卓雄、布施 政好、 ⼩林 直樹 |
時間区分パルスオキシメトリおよびパルスオキシメータ (対応・米国特許登録) |
特許第4844291号 |
平成18年8月25日 |
青柳 卓雄、⾦本 理夫、 布施 政好、鵜川 貞⼆ |
パルスオキシメトリおよびパルスオキシメータ (対応・米国特許登録) |
特許第5115855号 |
平成20年6月19日 |
青柳 卓雄、布施 政好、 謝 承泰 |
光電脈波計測用プローブ (対応・米国特許登録) |
実用新案第2574628号 (平成10年4月3日登録) |
平成4年4月28日 |
- 特許リスト (207KB)
- パルスオキシメータ みんなの安心手引き(JEITA ヘルスケアインダストリ部会刊行物)
- (JEITAのサイトへ移動します)
- 朝日新聞 2021.08.28 (天声人語)指先の命綱 (3,730KB)
-
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