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ホーム > 人工内耳 装用者の体験談 > 神奈川県在住 K.S.さん 体験談(掲載日:2016年6月7日)

一般の皆さまへ

人工内耳を装用し、音が聞こえることの幸せを再確認しました。
今では人工内耳は身体の一部です。

プロフィール          
神奈川在住 K.S.さん。19歳の時に難聴と診断され、53歳で人工内耳の手術を受けた56歳の男性です(2016年6月現在)。
 難聴の発見から、人工内耳手術への決意
19歳の時に右耳に高音の耳鳴りを感じ、病院で検査を受けたところ「進行性感音難聴」と診断されました。その後、右耳だけではなく左耳の聴力も低下し、32歳で両耳とも完全失聴となりました。病院には月1回ペースで通院を続け、当時から人工内耳の存在を知ってはいたのですが、「人工内耳はまだまだ実用化のレベルではない」と言われ諦めていました。

失聴後も仕事を続け、筆談を頼りに海外出張等をこなしていましたが、限界を感じ52歳で早期退職を余儀なくされました。その後、障害者のボランティアを行っていた際に人工内耳が実用化レベルになったということを知り、53歳の時に都内の病院を訪問しました。そこで再度精密検査を行ったところ「耳硬化症」と判明しました。しかも内耳の蝸牛まで硬化が進んでいたため、このままでは人工内耳の電極が挿入できなくなり、一生音が聞こえなくなる可能性があると言われました。すぐに決意し、3カ月後に手術を受けました。
 人工内耳の音入れと現在の状況
音入れの時点では、言葉は電子音のようでした。その後、人工内耳を装用し続け、毎日色々な音に接しているうちに自然な聞こえに変化していき、日常生活では不自由しないレベルで聞こえるようになりました。
その後、新しく防水タイプの人工内耳が発売されたことで、活動の範囲が広がりました。防水タイプですと、水泳や自転車、ランニングなどのアウトドアスポーツをする時にも人工内耳を使用できるため、専属のコーチについてトライアスロンの指導を受けられるようになりました。
54歳の時には人工内耳を装用してアイアンマンレース(スイム3.8km、バイク180.3km、ラン42.2km)に参加し、完走しました。現在56歳ですが、以前に比べタイムは2時間も短縮することができ、海外のレースを転戦しています。
 人工内耳手術後の変化
人工内耳を装用することでさまざまな良い面があり、音が聞こえることの幸せを再確認しました。
まず、手術前はトライアスロンのチーム練習を行うことができませんでした。ランニング、バイク練習も、周囲の状況がわからないと危険が伴うので、チームに加わって一緒に走ったり、バイクをこいだりすることが難しかったのです。しかし人工内耳を装用するようになって、現在では問題なくチーム練習に参加しています。仲間と一緒にトライアスロンを楽しめるというのは、非常に大きなメリットです。
また、水の中でも音が聞き取れることや、後ろに迫る車の音が聞こえるようになったことで、危険が回避できるというのは安心です。以前はスイミングのコーチとは筆談でやりとりをしていましたが、口頭で話ができるようになったことも、とても助かっています。
練習だけではなく、実際にレースを行っている中でもさまざまなメリットがありました。応援をしてくれる声、フィニッシュゲートなどで自分の名前を呼ばれる時、またレース中にトラブルがあった時でも、スタッフの人たちと話ができたのは嬉しいできごとでした。

その他に、今までは会っても十分に話ができなかった友達や知り合いと積極的に会うようになりましたし、電話でも話せるようになり助かっています。電話でしか予約ができない歯医者や民宿の予約など、自分で電話をかけられる喜びがあります。
私の日常生活の大部分を占めている運動・練習の中で人工内耳を装用し、生活の大部分を共にしています。人工内耳は本当に身体の一部であり、聞こえることに感謝しています。
人工内耳を考えている方へのメッセージ
聞こえること、聞こえないことによる「幸せ」は人それぞれだと思います。それは生活環境や、家庭環境、仕事の環境によりさまざまです。私のように、中途失聴で聞こえに困っている方にぜひ勧めたいと思います。

*人工内耳には適応基準が設けられています。またその効果には個人差があります。 本資料は効果について保証するものではなく、個人またはご家族の体験談です。詳しくは主治医の先生にご相談ください。

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